月別アーカイブ: 2006年5月

玉子百珍

例の玉子百珍であるが、読み返してみるとやはり妙な玉子料理ばかりである。
今の玉子豆腐、カステラ、メレンゲ、茶碗蒸し、玉子ボーロに通じるものももちろんある。
読み返すと、金糸玉子、銀糸玉子の意味がようやく解った。
他に、髭玉子、白髪玉子、青玉子、紅玉子と組み合わせて、5色の糸を作り、糸巻きをくみ上げるとある。
このために、順にこのような玉子料理を解説していたのだ。
玉子で糸巻きを作らないといけない目的がさっぱりわからない。
他に、筏玉子は、玉子でイカダをくみ上げる。金平糖玉子は、白味を水滴のように落としてゆで、砂糖をまぶす。
など形にこだわったものもある。
そして、この玉子百珍のトリの一品が、なぜか、「玉子を殻ごと切る仕方」でこれは既に料理などではなく、まるで宴会芸なのである。
玉子を殻ごと15枚に卸すとある。

鉛筆彫刻

鉛筆に色々な模様を彫りこむのは、昔よくやった遊びだ。
シャープペンシルが極身近にありふれるようになったのは、高校に通うくらいだったか。シャーペンがでてきた当時は、結構ないい値段していたし、芯も高かった覚えがある。
それまでは、比較的鉛筆をよく使っていたし、それで余計な彫り物を楽しんでいた。
小学校に通っていたころ、親戚の兄ちゃんが、鉛筆の表面に上手に市松模様を彫っていたのを思い出す。
模様を彫るとグリップが強くなって書きやすいのだな。
また、ちびた鉛筆をいっぱい並べてオブジェらしきものを作っていた。
いっぱい勉強をしたという成果を形で見せたかったのだろう。
また、チョークに馬鹿なものを彫りこんで、女の先生に見せたこともあった。
今でも、鉛筆は身近によく使うので、思い出して彫ってみるか。

座敷模様

騙し絵というと、エッシャーをすぐに思いだすが、それより100年も早く、明治初期に座敷模様という絵柄が生まれた。
もともと、日本の絵画は、源氏物語絵巻のように、俯瞰図で屋根や天井を描かないのが主流である。
それらを着物の図案に採用する例は、特に珍しくない。
しかし、座敷模様は、もう一癖ある。
茶室の起こし絵図を俯瞰図に描き、柄として採用するのである。
起こし絵図とは、茶室などの設計を行う場合に作成する立体的な設計書である。起こして組み立てるとミニチュアの茶室が完成する。
それらを座敷模様と呼ぶが、前後関係や上下がちぐはぐで、全くエッシャーの騙し絵のような感覚になり、不思議な幽玄の世界が現れるのである。

ネタ晴らしを絶対しない宣言

以前に、TVでマジックのネタ晴らしを行うものが流されたことがある。
アメリカでそのような番組があって、それを日本版にしたてたもので、その時は、マリックがネタ晴らしを行った。
マリックは、そのせいで、随分評判を落とし、マジック愛好家やそうでない一般の人からもヒンシュクを浴びたのである。
ウケルと思ってやったことが、結果的には美しくなかったわけである。
手品の類は、種を知りたい気持ちはあるが、種を知りたくない気持ちも同時にあるのである。
マリックの場合は、ネタ晴らしを絶対しない宣言を行い、名誉挽回を果たした。
夢や魔法の舞台裏は、あまり見ないほうが良いのである。
というわけで、今後は、ネタ晴らしを一切しないことにしよう。
そういえば、マリックも岐阜出身だったな。

和国知恵較

日本の古いパズル書で、言葉遊びや算術以外の「考へ物」を記録した最古の物である。
著者は、「環中仙」という人で、同じくからくりに関しての最古の書、「訓蒙鑑草」、「機巧図彙」などを記した「多賀谷環中仙」と同一人物であるといわれている。
さて、その環中仙、名前の由来は出身地にあるようである。
環中とは、輪中すなわち、岐阜県南部の環中地帯のことで、岐阜出身であるとのことである。
確かに、岐阜県南部を含めて、東海地方は、からくり屋台で盛んな土地柄であるので、からくりや、考へ物に触れる機会は大変多かったと想像する。