月別アーカイブ: 2006年3月

エスプレッソメーカ

Electrolux エスプレッソマシーン ブラックルバー
EES100
というエスプレッソメーカを購入した。
マシンそのものは、値段の割りにはしっかりしたエスプレッソが飲めるし、デザインもシンプルで剥き出し感が気に入っているのだが、少々メーカの対応に気になることがあった。
同社の製品を購入しようとする人のために記事に残しておこう。
そのマシン、カタログを見ると、
付属品: フィルターホルダー、タンパー、フィルター(大)、フィルター(小)、グラスジャグ(4カップ)
となっている。これは、メーカ公式サイトのオンラインカタログで確認できる。(2006/3/21)
ところが、届いた製品には、タンパーが入っていないし、フィルターもひとつしか入っていない。
これは、おかしいのではないかと電話連絡したら、これで正しいという説明であった。
確かに、製品に付属の取り扱い説明書には、タンパーは含まれていないし、フィルターも1種類し含まれていないように書かれている。
メーカの説明によると、タンパーは必要のないモデルであるし、フィルターも1つで足りるということであった。
だから、カタログが間違っていて、取り扱い説明書が正しいのだと言い張るので、それはおかしいのではないかと問い詰めたら、タンパーは後から送付するという決着になった。
タンパーが、本当に必要かどうかは、マシンにそれほど精通していないので、わからないし、どうでも良いことだ。
問題は、カタログの内容と違うものを送ってきて、それが正しいという言い張るメーカの態度である。
一般の顧客は、ほとんどの場合カタログを見て、それを比べてスペックを検討し、購入に至るはずである。それが、信用できないのであれば、カタログの価値はないし、メーカそのものが信用できない。
送られてきた製品の取り扱い説明書に書かれていても、それは、買う場合に確認できないではないか。ユーザにおいて、どちらが、正しいかといえば、まずカタログだろう。
HPやカタログというのは、広告そのものであり、これは広告に偽りがあるということか。
後付けの説明書で、製品仕様を勝手に変えられては、これは問題ではなかろうか。
偽装マンションと同じことで、購入した後で、鉄筋が抜かれていたことが判明し、それでも、問題なく住めると言い張る建設会社と同じ屁理屈ではないか。
さて、その後、書面とあわせて、このタンパーが送られてきたが、その内容には、やはりカタログが間違っているという旨が書かれていて、その後訂正されたようには見えない。
どうも、本質的なことが伝わらなかったようで残念である。
たかが、タンパーひとつではあるが、メーカそのものの信頼にかかわる問題であることを理解して欲しい。
製品のデザインや品質は、特に問題はないし、むしろ気に入っているので、もう少し対応をスマートに行って欲しいものである。

飛行機はなぜ飛ぶのか

飛行機が空を飛べるのは、仮説にしか過ぎないそうだ。
科学の啓蒙書を読むと、科学というものが、単なる仮説の塊で、現実に起きていることを説明するための言い訳でしかない。
また、つい最近まで、隕石は、その存在が否定されていたそうだ。
空の上には、何もないはずなので、空から石が降ってくるなどという仮説が、感覚的には認めがたいからだ。
相対論でも、事実をより多く説明できるから、奇妙な理屈でも認められているだけである。
量子力学にいたっては、観察しないと存在しないというもっと妙な理屈であるが、正しいものと認められている。
不可能物体の笑い話で、コーラビンを見た教授が、これは不可能ですと断言したというネタがある。
これは、笑い話ではなく、科学というものが、どんなに妙な現実でもそれを一度受け入れて、説明を試みないといけないという使命があるからだ。だから、この教授の対応は、間違っていない。
きっと、この教授ならば、相対論や量子力学を駆使して不可能物体が不可能である仮説を立証するだろう。

茶の湯と不可能物体

我が国には、仕掛け継ぎと呼ばれる、意匠的な継ぎが古くから存在する。それらは、室町時代まで遡ることができるそうだ。
つまり、この種の継ぎには、400年の伝統と歴史があるのである。
室町時代というと、茶の湯が発達し、侘び、寂びの美意識が生まれた時期でもある。茶道具は、さりげない中に、惜しげもなく技術をつぎ込んむ、いわゆる数寄物というものである。
意匠的な継ぎは、茶室において、その柱や、床の間、花生け、道具を入れる桐箱などに使われ、それを観るものをさりげなく幽玄の世界へと誘うのである。
観るものにとっても、こういった造作が解るどうか試され、解るものだけかニヤニヤしながら亭主と心を通わすことができるのである。
一服の茶に、心底労力をつぎ込むおもてなしの心が、不可思議な継ぎを生み、不可能物体となったのである。
不可能物体というは、つまり、さりげない中に、惜しげもなく技術をつぎ込み、幽玄の世界へと誘う数寄物なのである。
では、不可能物体を愛でつつ、一服の茶を飲もうではないか。

Impossibilty

古いOMNI誌を読んでいたら、「Impossibilty」という言葉に出くわした。つまり、「可能性」の反対語の「不可能性」とでも訳すのか。
よって、物事が不可能であることを表現する言葉である。
The proof of Impossibiltyなどと使う。
たとえば、同じ素材でできた木のリングを作ることより、異なる素材でできた木のリングを作ることの方が、そのImpossibiltyは高いという。
超心理学のベロフ博士によると、もしこれができたら、超能力者として認知されるのだそうだ。
そのうち作ってみるか。
超能力というのは、そんなものの為にあるのかね。

ドッペルゲンゲル現る!

先日骨董市にいき瓶細工を物色する。
収穫はたった一つであった。見つかるだけましなほうだ。
そこの店主いわく、最近、瓶細工を集めている人がいるとか、自分で作っている人がいるとかいう。
私が知る限りそんな人は、片手で余るくらいの人数しかいない。
もしかしたら、私のどっべるげんげるが現れたのか。
きっと、私のことが、巡り巡って噂になったのか。
恐るべきは、骨董屋のネットワークである。こういったくだらない情報が相場を吊り上げるのだ。
骨董屋には、下手なことは一切いえないと思った。