日別アーカイブ: 2004 年 11 月 10 日

チャイニーズリングという有名なマジックがある。金属製の輪をつなげたり、外したりしていろんな形を作って見せるものだ。
だれでも、一度くらいは観たことがあるだろう。
そして、リングにタネがあることは、ほとんどすべての人が知っている。
しかし、この手品は、いまだに人気のあるネタのひとつであるという。
アマチュアからプロまで幅開く演じられ、極めて奥の深いものだ。
マジックショーでは、必ず演じられる演目のひとつでもある。
手軽に習得でき、伝統的な様式美があり、見栄えのするのも魅力のひとつだろう。
さて、観る側に立ってみると、閉じた閉曲線を開かずに交差させることはトポロジー的にできないことは当たり前のことだ。
しかし、この手品は、そんなことを忘れて楽しむことができる。
それはなぜか?
それは、閉じた輪を自由に繋げることへの願望があるからだ。
人は、空を飛びたいと同じように、閉じた輪を自由に繋げることを潜在的に望んでいる。輪は、すなわち、人の輪、つまり、和を意味する。
それを繋げることは、友愛や平和を意味する。
オリンピックのシンボルが良い例である。他にも同様のモチーフはいっぱいある。
つまり、閉じた輪がつながるのは、平和への要求のシンボルなのである。
チャイニーズリングが表現しているのは、物質的なつながりではなく、精神的、哲学的なつながりである。
チャイニーズリングは、古典的なマジックのネタであるが、形を変え、演出を変え生き延びていくだろう。TVで、指輪やミントキャンディーがつながるマジックを観たひとも多いだろう。効果も原理もまったく同じである。
それは、輪がつながることへの潜在的な欲求が演出として非常に効果的に働くからである。
つながるはずのない輪が、つながることには、このように哲学的な意味が隠れている。
我々は、このような効果に何度でも驚き、不思議に思い、そしてあこがれる。
それは、なぜか。トポロジーで否定されればされるほど、逆に未知のノウハウがあるのではないか、超自然の力が働くのはないか、4次元の実在が確認されるのはないか、最新のテクノロジーによる勝利なのでないか、などの妄想が浮かぶ。つまらない言葉やミスディクションは一切不要である。
妄想を掻き立てること自体が最大のミスディレクションなのである。
不可能物体も全く同様で、つながるはずのないものがつながるモチーフは最高である。輪ゴム、アルミホイルや紙の窓枠、スコッチテープ、木のリング、穴の開いたコインなどがそれぞれつながっていたらきっと頭が痛くなるだろう。
ドーナッツは、穴が美味しいというが、もしつながったドーナッツがあったらもっと美味しいだろう。