月別アーカイブ: 2004年11月

ヘンリー・スレード

ヘンリー・スレードは、アメリカのもっとも成功した心霊術師で、イカサマ師である。
マーチンガードナーの数学ゲームⅠ(ブルーバックス、高木茂男訳)での「四次元の教会」という話の中で、スレード牧師というのが出てきてガードナーに怪しげな輪ゴムや編んだ皮ひもを見せる場面がある。
この登場人物のスレードは、架空の人物であるが、この人物にはモデルがある。この話では、スレード牧師は、ヘンリー・スレードの親戚にあたると述べている。
スレードの得意分野は、四次元空間に自由に物を出し入れして、不可能な事を実演することである。結び目の無い紐に結び目を作ったり、非対称なものをその鏡像に変えることであった。
その登場人物は、叔父からそのノウハウを記したノートを受け継いだと語っている。そんなノートがあれば、ぜひ見てみたいものだ。さぞや不可能物体の記録が書かれていることだろう。
スレードの手口にまんまとひっかったフリードリッヒ・ツゥルナー博士は、その弁護のための本まで書いている。コナン・ドイルも同じくスレードを弁護している。当然、それらはトリックであったのだが、スレードは、不可能物体をネタに香具師を行ったケシカラン人物であった。
このあたりの話は、同じくガードナーの「自然界における左と右」に記述されている。
しかし、四次元空間と三次元空間を行ったり来たりすることは本当に可能なのだろうか。
現代の物理学で相対論的な4次元連続体の中では可能かもしれない。
いつか不可能物体が物理的に不可能と思えなくなく日が来るかも。

象牙多層球

台湾の故宮博物館の展示品に「雕象牙透花雲龍紋套球(ちょうぞうげとうかうんりゅうもんとうきゅう)」というものがある。
象牙の塊を球に削り出したもので、21層になっており、それぞれが回転することができる。球には継ぎ目がない。
中国の究極の工芸品として、NHKスペシャルでも紹介されたので、記憶している人も多いだろう。
これはもう国宝級、世界遺産級の不可能物体として認知しても良いだろう。
さて、その作り方だが、
 「故宮博物院・秘宝物語」(古屋奎二)では、
『まず象牙を球形にととのえたうえで、中心に向かって八方から円錐形の穴を穿つ。そこに特殊な小刀を差し込み、中心部の一番小さい球体を彫り出す。次いで第二層、第三層と、円錐形の穴を手がかりに、内側から外へ向かって薄いボールの皮を削り出すように、一層ずつ回転する球体を彫り出していく。円錐形の穴からすべての仕事を目で見とどけることはできない。おそらく指先のカンと、削る刃先の音の変化で見当をつけたのだろう。
 ・・・
 現代では、これを実際に彫ることのできる技術の持ち主は誰もいないという。その意味では依然として幻の秘伝である。』
というのが、定説になっている。
親子3代にわたり彫られたものであるとかの伝説もある。
実は、香港のお土産で同様のものが、数千円でごろごろ売られている。
こちらは、おそらく、偽象牙だろう。
偽象牙は、卵の殻や牛骨などを砕いて、レジンで固めたものだ。
つまり、練り物のプラスチック製である。
象牙の偽物は、巧妙なものが出回っているので、多少の子細工はいるだろうが、このようなものは不可能物体と呼ぶに値しない。
さて、本家の象牙多層球であるが、本当に1つの玉から削りだしたもの
だろうか。
この説を私は実はすこし疑っている。
故宮博物館という場所に置いてあるのでこのような説も真に思えるかもしれないが、人間業としてあまりに離れすぎている。
実は、これを作る方法を、塊から削りだす以外に2つの方法を思いついた。それをここで述べるのは中国王朝への夢を壊すことになるので、あえて述べない。
しかし、近いうちに、象牙を使った不可能物体をお見せできるかもしれない。
故宮には、もうひとつ不可能物体と呼ぶべきものがある。
黄玉三連印である。3つの黄玉でできた印鑑が継ぎ目がない鎖でつながっているものだ。
こちらの方は、近年楕円印の鎖に継ぎ目が見つかった。

アラン・ボードマン
アラン・ボードマンはウッドランドヒルズ、カリフォルニアで暮らす引退した航空宇宙技術者です。他の多くのパズル職人のように、彼は熱心な木工師です。彼は極小のパズルを作るただ一人の職人です。彼のパズルのほぼすべては、2分の1インチ(13mm)以下の立方体に入るでしょう。ほとんどの彼のパズルは、組み木、put-togetherパズル、また不可能物体です。彼は彼自身をmicroxylometagrobologistと呼びます。大まかにこれを翻訳すると「小さな、木製パズルナット」の意味です。
実際にこれで遊んだ人はいませんが、彼のパズルはすべて実際に遊ぶことができます。そして、彼のパズルは一般に、買うことができます。大部分はストックがありますが、彼は特注を受けることがあります。待機時間は6か月以内かもしれません。しかし、彼は信頼できます。また、どんなに待つこともその価値があります。

Wyatt

これからしばらく、不可能物体にかかわる人物について、メモを残しておく。

E.M.ワイアット Edwin Mather Wyatt
古典的な木工パズルの参考書”Puzzles in wood”,”Wonders in wood”の著者。
“Wonders in wood”は、最近に再出版され比較的に入手は容易。
Wyatt, E.M., Wonders in Wood, 1946, The Bruce Publishing Company.
(01 July, 1997 Linden Publishing)
“Puzzles in wood”も、近年に再出版されているが、こちらは、ほとんど入手困難。
Wyatt, E.M., Puzzles in Wood, 1928, The Bruce Publishing Company,
 reprinted in 1983 by Woodcraft Supply Corporation.
この二つの本は、木工パズルに関して大変すばらしい。
原書は、1940年代の出版で、この手のパズル書としては、古典に分類される。
しかし、木工パズルを手作りする人は大変興味を示すだろう。
この本には、タングラム、スライディングパズル、組み木、パゴダ、不可能継ぎ手、秘密箱などが解説される。
ワイアットは、後年はパズルの収集、珍しい木工技術の継承の普及に努めている。
「シンプルな娯楽が一般に楽しまれていた時期、これらの古典的なデザインのパズルが作られました。
この本は、ちょうどテレビが最初に現われた時期に出版され、それらを楽しむために、私たちすべてに永遠の遺産を残しました。そして、それは、待望されて50年後に再版されました。
休止していた古典的な木製パズルを作り、解くシンプルな楽しみがこれらに対する関心を喚起するだろう。」
これは、再出版に当たってのアランポートマン(Allan Boardman)の序文である。
この本を読むと、この本の50年前にすでに不可能物体に関する基本的なアイディアが完成しつつあったことがわかる。
このような基本的なアイディアは、木工技術が生まれてくると同時に存在していたのかもしれない。
この本は、古典的といっても、今読んでもかなり新鮮である。
フォシェがこの本を見て感銘を受けたのは間違いない。
ワイアットは、おそらく不可能物体に関しての記述を残した最初の人物だろう。

ハリーエン Harry Eng
今は亡きアメリカのハリーエンも多くの不可能物体を作っている。
ハリーエンは、カリフォルニア州ラメサに住んでいた中国系アメリカ人で、元大臣、小学校の教師、教育コンサルタント、マジシャンでもある。
ハリーは、人々が不可能だと思うようなボトルに大変興味を持っていた。
「平均的な人は、その頭脳の8分の1しか使っていない」といのが彼の口癖である。
恐らく、普通の人は、彼が作ったボトルの解決策として、きっと良からぬ考えを持つであろう。
もっとも共通する解決策は、ボトルの底をカットし、ボトルの中に物を詰めることである。
しかし、ハリーは、すべてのものは、素直にボトルの口を通り抜けたのだと語る。
彼のすべてのボトルはごく普通のものであり、そしてバラエティに富んでいる。
そして、つまらない小細工は一切していないと語る。
では、どのようにボトルの中に物を詰めるのか?あなたならどうするのか?
狂っているとしか思えない。
ハリーは、フリーマーケットで巨大なピンセットと外科用のはさみ(鉗子と呼ばれるもの?)を手に入れたのだと示唆し、自分でやってみたらどうだといった。
ある時は、どのブランドのテニスボールが分厚くて、強靭な素材であるかという話をした。
そして、ハリーは、人が考え込みたくなようなテニスボールが入ったボトルを作った。
ハリーは、このような信じられないボトルを600も作った。
彼のサインは、それぞれのボトルにある結び目に書かれている。
その結び目は、あるものは巨大で、あるものは小さいが、常にその結び目は、ビンの口より大きい。
ハリーは、1996年の6月に亡くなった。
彼は、瓶の中に一組の封が切っていないカード(トランプ)が入っていて,かつ、マグダム弾が突き刺さっていたり、
ゴルフボールや靴,メガネなどがボトルの中に入っている、などの実に様々な物をボトルに入れて発表している。
一連の複雑な結び目、実物の弾丸はさらにそのユニークな造形を飾ります。
ハリーはそれを「ロードしたデッキ」と呼んでいました。
ハリーがレターマン・ショー(the Letterman show)に出演した時、
不運にも、レターマンの人々は、たった6分では、ハリーの才能を適切に表現することができないかもしれないと思いました。
それはその通りになりませんでした。
最悪なことに、ハリーの持ち時間の終わりに、確実にボトルに中に子犬を置く方法を、配電盤のスイッチをつけて説明しました。
ハリーは、いろんな物を解析(disassembled)して、それをボトルの中に入れることができました。
彼、曲がっているコインを平らにすることができ、分解したり、取り除いたりすることができる、特別な手法を発明しました。
これらのボトルがどのように作られるのだろうかと誰かが思っている場合、その秘密は、材料のまわりで、ガラスボトルを吹いてできるのではとか、、ボトルを切断するのではないだろうか、とかそれらの尋常でない考えを取り払うべきです。
すべてはビンの口を通り抜けます。また、それは真実です。
ある物は、ボルトの両方の端は、ほとんどボトルの壁に触れています。
たとえ、カードデッキと、はさみのデッキが存在しないとしても、この位置にそれがどのように有りえるか想像することは困難です。
さらに、ロックされた木製の「栓」には、ハリーの”Think”ロゴが書かれていることに注意してください。
彼が有名なボトルを作成し始めた時、それは人々を考えさせることがハリーの主な目的でした。
結び目はハリーのトレードマークであり、彼の得意分野でした。
彼の結び目はすべてきつく結ばれ、また、そのすべては、しばしばそれらがボトルの内部に触れるところま達して、平たくなってボトルを満たします。
そして、彼がよく使う言葉は、「モア、ジャンク!」だそうだ。

ジェリー・スローカム Jerry Slocum
アメリカのパズルコレクター、パズル誌研究家、ある航空機メーカの3つの研究所の所長。
世界最大の40,000超えるメカニカルパズルコレクターであり、パズルによる教育をサポートするスローカム財団の創始者(1993)である。
また、パズル愛好家のバイブル「パズル その全宇宙」等の著書である。
「パズル その全宇宙」
Puzzles Old and New: How to Make and Solve Them (1988)
Jerry Slocum, Jack Botermans 著
芦ヶ原 伸之 訳
日本テレビ (May, 1988)
ISBN4-8203-8818-5
「パズルの世界 : 解き方・つくり方101例」(1993)
New Book of Puzzles: 101 Classic and Modern Puzzles to Make and Solve
Slocum, Jerry ,Botermans, Jack ,芦ヶ原, 伸之
日経サイエンス社,1993.11
「悪魔のパズル」The Book of Ingenious and Diabolical Puzzles (1995)
の3部作に度々紹介される。
Jerry Slocum, Jack Botermans 著
芦ヶ原 伸之 訳
日経サイエンス社 (Nov, 1993)
ISBN4-532-52049-5

ゲイリー・フォシェ Gary Foshee
コーラビンと矢は、1979年にシアトルに住むゲイリー・フォシェが作った。
彼は、「独創的なパズルのデザインは、あなたの想像力によってのみ制約を受ける。」と語る。
コーラビンが最初に世に出たのは、OMNI誌ではないかと思うがはっきりしない。
その後、故芳ヶ原伸之氏が日本に持ち込み、昭和63年の銀座松屋で行われた「パズル大博覧会」で話題になる。
芳ヶ原氏がコーラビンを入手する行き札は、「大人のパズル」(奇想天外パズルの再編集物)に語られている。
また、ジェリースローカム、ボタマンズのパズル愛好家のバイブル「パズル その全宇宙」(1988)
「パズルの世界 解き方・作り方」(1993)「悪魔のパズル」(1995)の3部作に度々紹介される。
国内で紹介されてからは、東洋ガラスによってグラスパズル「不思議な5円」という形で販売され、また東洋ガラスのパズルディレクター高橋保氏によって、原作者の手練を越えた5連ボトル、10連ボトルなどが作られる。
ゲイリーフォッシュというと、コーラビンだけが話題になるが、他にビンの中で木ねじが刺さった棒がささった物体(Bottle Bolt)なども「パズル その全宇宙」で紹介されている。
この類の不可能物体として、1891にウィリアム・W・ブラウンが、ビンの中で口いっぱいの木の棒を突き刺し、そこに直角に木ねじを通す方法で特許をとっている。
W. W. Brown US Patent No. 447,631 (1891).
また、1893ミシガン州のデトロイトのジョセ・キニーが木の中の木という特許を取得している。4年後アルバート・ホプキンスのマジックの別のバージョンが登場した。

ダニエル・ローズ Daniel Rose (1871-1921)
ハリーエンに先駆けてウィムジーボトルというものが多く作られた。
その中でマスターを呼ばれるひと。この手の民芸品というものから成長して芸術品にまで高まっている。
いわば、ボトルシップとウィムジーの合体技みたいなもの。
ペンシルバニアのジョンズタウンで、彼は一生に120の巧妙な奇想ボトルを作った。
ダニエルはリューマチの進行に苦しみました。
ティーンエイジャーから成人にかけて、彼は、手および前腕ののみが可動する病人になりました。
彼はナイフと奇想ボトルの作成に一生を費やしました。
いくつかのビンテージはがきから、ダニエルがこの技術のマスターとして認められ、民芸品の芸術家として記憶されるようになっています。
さて、ウィムジーボトル、奇想ボトル(Bottle Whimseys)とは
ウィムジー(Whimseys)というのは、1本の木片からチェーン、やっとこ(プライヤー)、はさみ、羽あるいは葉のファン、入れ子の球体などを掘り出したもの。出来の悪いものは民芸品屋などに売っている。
中にはビンテージ物になるとかなりの値がつくこともある。
民芸品なので、考案者や作者が不明の場合が多い。
伝説がいくつか残っており、アドルフ(Adolph Vandertie)は、2821のチェーンリンク(217フィート)を作ったされる。
アーネスト Ernest “Mooney” Warther は、一生に750,000のやっとこを作り上げたました。
それらの多くのウィムジーを作成した人たちは、その技術を適用した生成物を、さらにボトルの口および首を通って、それらの一部をボトルの内部に置いたものを作成しました。
それがウィムジーボトル(奇想ボトル)です。
その衝動は、人々を驚かすこと、楽しませ、そしてパズル(crafterのための)を解決し、パズル(賛美者のための)を賞賛するためです。
奇想ボトルの中身は、非常に複雑で、多数のパーツを組み合わせて作られます。その賛美者たちに疑問だけを残します。それは一体どのように作られたのか?
それらは、またパズルボトルとも呼ばれます。