カテゴリー別アーカイブ: 目の錯覚

そういえば、相棒で

先々週だかの相棒で、目の錯覚(色の錯視)をモチーフにしたトリックが使われていた。
犯人役は、目の錯覚の先生という設定だ。
もしかしてあの先生が出てくるかと思いきや、そうではなく、さすがに役者さんであったが、
最後のテロップをみると監修はやっぱりあの先生であった。
忘れないうちにメモしておこう。

目の錯覚

なんか、この日記にアクセスが集中しておるな。
こっちもよろしく。
トップページから入って見てってください。
不可能物体ギャラリー

なんでか目の錯覚で検索するとこの日記が出てくるので、最近プチマイブームなアスキーアート錯視シリーズ。
今さらだが、ネットで拾ったりしたものをメモっておこう。
そもそも、フォントの場合、ベースラインの補間を無意識に行っているので、それを意図的にゆがめるというのは、新しい発見ではないか。
(1)ネオナチ
ネオナチネオナチチナオネチナオネネオナチネオナチチナオネチナオネ
ネオナチネオナチチナオネチナオネネオナチネオナチチナオネチナオネ
ネオナチネオナチチナオネチナオネネオナチネオナチチナオネチナオネ
ネオナチネオナチチナオネチナオネネオナチネオナチチナオネチナオネ
ネオナチネオナチチナオネチナオネネオナチネオナチチナオネチナオネ
ネオナチネオナチチナオネチナオネネオナチネオナチチナオネチナオネ
チナオネチナオネネオナチネオナチチナオネチナオネネオナチネオナチ
チナオネチナオネネオナチネオナチチナオネチナオネネオナチネオナチ
チナオネチナオネネオナチネオナチチナオネチナオネネオナチネオナチ
チナオネチナオネネオナチネオナチチナオネチナオネネオナチネオナチ
チナオネチナオネネオナチネオナチチナオネチナオネネオナチネオナチ
チナオネチナオネネオナチネオナチチナオネチナオネネオナチネオナチ
フォントのベースラインが波打って見える。「ネオナチ」には、突っ込まないでおこう。
(2)アロマ企画
アロマ企画アロマ企画アロマ企画アロマ企画アロマ企画アロマ企画アロマ企画
画企マロア画企マロア画企マロア画企マロア画企マロア画企マロア画企マロア
アロマ企画アロマ企画アロマ企画アロマ企画アロマ企画アロマ企画アロマ企画
画企マロア画企マロア画企マロア画企マロア画企マロア画企マロア画企マロア
アロマ企画アロマ企画アロマ企画アロマ企画アロマ企画アロマ企画アロマ企画
画企マロア画企マロア画企マロア画企マロア画企マロア画企マロア画企マロア
同じくベースラインが傾いて見える。「アロマ企画」については、触れないでおこう。
(3)コニア画
コニア画コニア画コニア画コニア画コニア
コニア画コニア画コニア画コニア画コニア
画アニコ画アニコ画アニコ画アニコ画アニ
画アニコ画アニコ画アニコ画アニコ画アニ
コニア画コニア画コニア画コニア画コニア
コニア画コニア画コニア画コニア画コニア
画アニコ画アニコ画アニコ画アニコ画アニ
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コニア画コニア画コニア画コニア画コニア
コニア画コニア画コニア画コニア画コニア
画アニコ画アニコ画アニコ画アニコ画アニ
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アロマ企画よりは、錯視量が多いような気がする。
(4)非マナー
  非マナー非マナー非マナー非マナー非マナー非マナー
  非マナー非マナー非マナー非マナー非マナー非マナー
  ーナマ非ーナマ非ーナマ非ーナマ非ーナマ非ーナマ非
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  杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー
  杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー
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  ーナマ杏ーナマ杏ーナマ杏ーナマ杏ーナマ杏ーナマ杏
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  杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー
  杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー
 杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー杏マナー
これはすごい基本的な錯視を重ねることで、さらに錯視量が増えている。マナーは大切に。

トリックアート

先日、この近所の犬山にあるトリックアート美術館にいってきた。
トリックアート専門の渡辺健一という人の画廊?だ。
オリジナル性は低いが、そこそこ面白いかった。
エッシャー以降、トリックアートを売りにする画家やアート、美術館などが乱立している気がする。観光地などには、トリックアートを売りにする美術館もどきが結構ある。
芸術には、ある程度のサプライズが必要なのでトリックとは切り離せない関係なのだろう。不思議性は、そのもの自体の神秘性を増すものだ。
さて、不可能物体というとエッシャーの描く絵画を連想する人がいる。
どちらかというと、エッシャーの方がはるかに有名だ。
しかし、エッシャーの描く絵と私などが作っている不可能物体とは表現は違えど、基本的には同じである。
エッシャーの絵は、目の錯覚とか見立てとか隠し絵などは違う手法を使っている。
なぜ、エッシャーの絵が面白いか。
普段我々は、あまりにもTVや写真、絵画などの影響で透視図法に慣れすぎてしまっている。その感覚を逆手に取った知覚のミスディレクションだ。それが、実際には存在しないものを、あたかも存在するかのように見せてくれる。普段から、TVや写真を見続けているかぎり、エッシャーの絵は何回見ても不思議に見えるのである。
私の不可能物体も同じである。常識を逆手に取ったミスディレクションで実際に存在しえる物をあたかも存在しないように見せているのである。
つまり、「存在しない物を存在するように見せるか」か「存在する物を存在しない物のようにみせるか」の違いであるわけ。

逆遠近図法

先日京都まで「動く襖絵」というものを見てきた。
山科にある毘沙門堂というお寺にある。
いわゆる八方睨みの竜は、他の場所でもみることができる。
以前に水上勉の「雁の寺」として有名な相国寺でも見たことがある。
他にも何箇所あるそうだが、この毘沙門堂にはその元になったものがあり、龍以外のものも展示されている。他の絵師はここで勉強をしたそうだ。
人通りも少ないので時間をかけてじっくり堪能することができる。
逆遠近図法という独特の図法で書かれているそうだ。
実際に絵が動くわけでなく、見る人の視点により、そのイメージが変わってくるのだ。
長いものが細くなったり、ずっとこちらを見ているような気になったりする。
だまし絵の一種であるが、西洋のだまし絵にはない手法である。
見る側に写実性を要求しないで、見立てなどを基本としないと思いつかない手法だろう。
遠近図法とはことなり、その焦点が手前にあるので逆遠近図法なのだろう。このため見る位置により、絵の印象が異なるのだ。
3D映像を片目で見るのに似ているかもしれない。
しかし、絵の内容や構図を工夫することで、机の長さが変わって見えたり、老人がずっとこちらを見ているような錯覚におちいるので、構図だけの細工ではなく、巧妙な心理的トリックが隠されているのだろう。
よくよく見てもどうしてそのように見えるかが解らない。
一応絵葉書などを買ってきたが、これが絵はがきだとさっぱり動かない。
襖絵にして始めて動くのだ。目の錯覚を応用したものか、それとも心理学的な作用なのか。
しかし、他の騙し絵にくらべてこの知名度の低さはなぜだろう。
トリックアートや騙し絵の類は数々あれど、この逆遠近図法は取り上げられたことが少ないのは悲しいことである。
昔の人はこのような手法をよくも考えついたものだ。
絵に命を吹き込むために知恵を絞り、ノウハウを蓄積し、技を磨いただと思うと大したものである。