他にもイロイロ面白いネタあります。ぜひトップページからお入りください。
リンクは、必ずトップページにリンクしてください。http://galleryimpossible.com/

メニューへ戻る


カウンター (2006/4/4カウンター設置)
キリ番ゲットされた方は申し出てくださレ。何か良いことあるカモよ。



四方蟻は海を渡ったか Travel of Puzzle Joint


江戸時代の末期に、長崎出島の3人のオランダ人が当時のあらゆる日本の文物を蒐集し 本国オランダへと持ち帰っている。
これらの文物は、当時の日本の文化を探る上でどれも貴重な資料となっている。
その3人とは、ヤン・コック・ブロムホフ、ヨーハン・オーフェルメル・フィッセル、
そして、フィリップ・フランツ・シーボルトだ。
そのシーボルトら一行が、日本の文物を熱心に収集したその中に大工道具があることは
あまり知られていない。
大工道具といっても、現在の量産される大工道具とは異なり、
当時は一本一本が鍛冶職人により作れた優れた鉄器であり、
日本の鉄鋼水準や建築法を図るのに軍事的にも貴重な文物だったのだろう。
シーボルトが出版した「Nippon」には、これら大工道具の挿絵がある。

大工道具

現在、オランダのライデン博物館には、それら大工道具の実物が残されている。
シーボルトら一行の文物の収集は、3度あった江戸参府により収集されたという。
それは1817年から28年の12年の間、それも1818、1822、1826の3回に絞られる。
ブロムホフの記録により大工道具を、宮(現在の熱田)で買い求めたことまで判明している。
出島のオランダ商館長だったブロムホフは、王立骨董陳列室の要請を受け、積極的に
文物の蒐集を行い、フィッセルの蒐集品とともに、1826年,1832年に王立骨董陳列室へ
納品を行っている。
こういったことから、シーボルトらが日本の建築法についても非常に興味を持って
接していたことが想像できる。
その江戸参府が行われた1820年頃までに、数々の大工指南書が次々と発行されている。
つまり、日本の大工テクノロジーがピークを迎える時である。
「番匠町家雛形 明和七年(1770)」
「御作事方仕口之図」(1729)「匠家仕口雛形(1728)」
「番匠町家雛形 明和七年(1770)」「大工雛形 規矩鑑集 帯指口1804-30頃」
「継手仕口絵図(1818-30頃)」「番匠作事往来1820頃)」
らである。
この文書には、四方蟻、四方鎌、千鳥格子などの記述があり、シーボルトらが真似て
造られた模型を目にする機会も多かったろう。
さて熱田という地は、ご存じの熱田神宮の門前町であるが、
当時の中部圏の主要都市でもあり、からくり屋台などが非常に発達した地でもあった。
中部圏は今でも高山を始めとし、各地でからくり屋台が盛んな土地柄であるが、
当時でもこの地でからくりや考へ物に触れる機会は大変多かったろう。
たとえば、「和国知恵較」という我が国最古のパズル書は、「環中仙」という著者でその名前からして、
環中地帯出身だといわれているし、
「番匠作事往来」の版元は、「岐阜屋清七」であり岐阜出身であることを想像させる。
シーボルトが箱根を訪れた際には、からくり箱に非常に興味をもったことが残されているし、
実際にからくり箱を本国に持ち帰っている。
箱根のからくり箱が外国人に人気があるのは、今も昔も変わらない。
今のところシーボルトが、四方蟻や四方鎌を持ち帰った記録ははないが、この状況を考えると
目にした機会はあったはずである。

さて、David Singmasterの「SOURCES IN RECREATIONAL MATHEMATICS」によると、
四方蟻は、Tom Titの「La Science Amusante」(1892)
が西洋では初出ということだから、シーボルトらが文物を持ち帰った年代的にも重なる。
オランダからフランスは、隣国でありつながっているも同然だ。
La Science Amusanteの挿絵を見ると、当時の大工本の記述とそっくり同じだ。
その後、デュードニーのパズル本Amusements in Mathematics(1917)にて紹介され、
世界中に知れ渡ることになる。

デュードニーは、これを最初新聞の自分のコラムで紹介したところ、全国から
その解答として模型や山ほど贈られてきてビックリしたと書いている。
また、問題の原型は、古い友人から知ったと述べている。
デュードニーは、Tom Titの著書を当然当時知っていただろうから、
それはTom Titのことだったかもしれない。
ちなみに、Tom Titというのは、昔話に出てくるいたずら好きな小鬼の
名前であるから、本名ではない。
本当は、Tom Tit (Arthur Good)1853-1928という。

このTom Titの昔話は、日本に輸入されて「大工と鬼六」と
という民話になったといわれている。その中で、鬼六は、見事な木組みの
不思議な橋を完成させたとある。なんとも不思議なつながりである。
今でも、大工や職人などの代名詞にトムを使うのは、この物語の名残である。

その後、日本に逆輸入され洋のものとして紹介されたりもするのだが、その原点は、
実は江戸時代にあったのだ。
さて、信じるも信じないもあなた次第...

参考:「海を渡った大工道具」西和夫

情報提供、ご意見などは、送信フォームまで

もし、このサイトで紹介しているよう不思議な創作物を見かけたらぜひご一報ください。
採用者には、拙作の粗品になりますが謝礼を差し上げております。
ただし、粗品は、造り置きしたものから適当にチョイスします。
何が届くかはお・た・の・し・み

※電話、FAXによる受け答えは一切行いません。
また、アポなしで訪問されても居ない事が多いので、必ず事前に連絡フォームで確認してください。


※メールの題名には、日本語で、出来るだけ判りやすいものをつけてください。
Spamメールが大変多いので、安直なタイトルだと全く気が付かない場合あります。教えて君は、基本的に却下します。

Contact me(Sorry,Contact Form Only !! Do not phone me.)
Please send me a message about your information or comment , etc.
Please apply the comprehensible title of mail as much as possible.
Because I receives quite a lot of Spam mail.
And pardon me,I can't teach anyone how to make a impossible objects.
This is my policy rule,if you beg me how to,I will ignore you.
Contact Me

リンクはご自由にどうぞー。
If you like,Link free!

 もし本記事がお気に入りましたら、以下をぽちっとしてくださると助かります。
細々とした運営をおこなっています。ご助力のほどをお願いします。
よろしければ、投銭をお願いします。

bitcoin:1BkUhqHZBRn2MqBiqwRwZfWwfJ81ozww6t