他にもイロイロ面白いネタあります。ぜひトップページからお入りください。
リンクは、必ずトップページにリンクしてください。http://galleryimpossible.com/

メニューへ戻る


カウンター (2006/4/4カウンター設置)
キリ番ゲットされた方は申し出てくださレ。何か良いことあるカモよ。



「びん手毬の館」訪問記


実は、先日ビン手毬をさるオークションで入手した。それも一度に3つも落札してしまった。
ひとつは、ちょっと出来が悪かったので中身をほぐして、でかい松ぼっくりを入れなおした。
愛知川町のものだからといって、かならずしも出来の良いものばかりではない。
もうひとつは、韓国へと旅立っていった。
残りひとつがアトリエに飾ってある。

(山川原10号)

そこで、瓶細工について調べるために愛知川町の「びん手毬の館」に行ってきた。
そして運よくその実演をみることが出来て、また、いろいろお話を聞くことができた。
私の手に入れたものは、どうも10年ほど前に作られたものらしい。
銘はないが、ビンの底にラベルが貼ってあり、「山川原10」とか書かれている。
これは、愛知川町(えちがわ)の地名であり、まぎれもなく愛知川で作られたものだ。
ビン手毬は、この愛知川で昔から作られているが、町おこしとともにその伝統の技をよみがえらせ、話題になるようになったのは、この10年ほどだ。
おそらく、そのころの作ではないかと思う。
その根拠は、まず、このびん細工てまりが作りが荒く、また、ビンの形が現在のものと違うからだ。
ビン手毬は、ここ最近はそのデザイン性が進歩してかなり緻密な細工のものが作られるようになっている。
また、そのノウハウもこの10年でかなり蓄積され、たとえば、手毬の球具合とか貼り具合とかで品質の向上が見られるのだ。
現在のものは、そのノウハウにより、ビンのぎりぎりまでの大きさの手毬が入っている。38cm(赤道長)が限界点であり、
39cmでは入らないそうだ。実際には、糸を巻く調子もあるので、これにはミリ単位でのノウハウがある。
丸ビンもこのためにだけに作られる特別なもので、それにつれて、ビンの形状も微妙に変わってきているそうだ。
最後に綿を入れるときは、かなりの力をこめてギューギューいれる必要があり、ガラスビンは思ったより分厚い。
また、このビン手毬のビンは、この愛知川町民でないと手にいれることはできないそうだ。
これらのノウハウは、現在300名いる会員が守っている。
実際の実演を聞くと、その細かいノウハウの一旦を垣間見ることができる。
さて、そのビンてまりには必ず「へそ」がある。
このへそこそが、びん手毬の秘密なのであるが、へそは普通北極からすこしずらした目立たない場所にあるそうだ。
それは、作る人のノウハウなので作品により場所が異なる。
もし、ビン手毬を持っていたら、へそを捜してみてください。

さて、このビン手毬の館で、思わぬ見つけ物があったので、早速報告しよう。
明治のころのビン細工と見られる民芸品が展示されていた。
「究極のパズル」に載っていた奇妙なビンと同じ系統のものと思われる。

まず、ビン入り糸巻きである。他にも数点あったがこれが一番気にいった。
糸巻きというのは、この類の定番だ。
糸巻きの上に、お細工物のぬいぐるみが乗っている。

そして、こちらは、二人の人形が囲碁を楽しんでいる。
これは、碁打ち人形という瓶細工であり、比較的よく見られるものだ。

こちらは、アンテイークのビン手毬。
現在のものとは、ビンの形もデザインもかなり異なる。
古いものほど首が長い。図柄もシンプルである。

以降のものは、比較的最近の作と思われる。

VSOPのビンにひょうたんが入っている。瓢箪作りを趣味にする人などが一度は作るものである。
瓢箪をビンの中で育てたのだろうが、瓢箪はきれいに皮の処理がされているし、しかも飾り紐まで結んである。
瓢箪は、きれいに加工するのに結構手間がかかるのでかなりの労作ではなかろうか。
実は、これを、同じものが、京都の産寧坂にある瓢箪屋に飾ってあるようだ。
もしかしたら、そこの主人が作ったものか。

これは、また、懐かしいモンチッチがビンに入っている。

そして、我が岐阜県のマスコット、「さるぼぼ」がビンに入っているもの。
「究極のパズル」では、庚申猿らしきものが入っているビンが載っているが、
こちらは、前掛らしきものを身につけているので「さるぼぼ」である。

ビンに入ったお雛様。これだけは、「北九州市 青木抄悠 作」と銘が書かれていた。
青木抄悠さんは、現在生存している数少ない草抄流の瓶細工の家元である。
草抄流は、大妻女子の創始者大妻コタカにつながる瓶細工の流派で、三上草抄 (みがみそうしょう)がそのルーツである。
三上草抄の師は、この大妻コタカ女史で、大正時代の女性教育の草分けである。
コタカ女史は、瓶細工の作り方を書き残した貴重な数少ない人物だ。


「究極のパズル」にも載っているが、このようなものは非常に少ないが骨董品でときどき出物がある。
コスモ物産の平野さんが、こういったものをこつこつと集めていて、そのコレクションが究極のパズルに載っている。

同じような展示物は、姫路にある「日本玩具博物館」にもある。
http://www.japan-toy-museum.org/3goukan.html

ビン細工手毬というと、この愛知川町が有名なのだが、岐阜県の大垣にある「ビン細工手毬の会」でもビン手毬を作っている。
他にも瓶細工には、知られているもので草抄流、古山式、松本式などの流派がある。
これら流派は、美術年鑑にも載っている由緒正しいものだ。
どれも大妻コタカ女史をルーツにするものだが、コタカ女史は、広島出身で、生まれ故郷でこの技術を習得したものだろう。
愛知川町で作られているものは、これらのどの流派にも属さず、いわば野に下ったものである。

瓶細工は、そもそも幕末の長崎にルーツがあり、そこから関西圏を中心に手芸として作られ、昭和のはじめにはすでに廃れてしまった。
大正以降は、大妻コタカ女史が手芸として学科を開いて教えたために、極めて全国的なものになった。
この大妻学校を卒業した生徒たちが全国に散らばり、今度は各地で先生となった。
また、瓶細工の材料なども当時の少女雑誌などを中心に、通信販売などを行っていたようだ。
だから、全国で見つかる瓶細工には、似たような素材を使ったものが多い。

愛知川町では、びん細工手毬だけに注目して残そうと頑張っているようだが、 このように愛知川の専売特許でもなく、もともと全国的に存在したものだ。

どうやら、愛知川町では、びん細工てまりを意匠商標にするようだが、このような民芸品を独占しようする試みはいかがなものか。
また、こういった歴史がすでに判明しているにもかかわらず、一切公表せずに、専売特許であるかのような展示や告示を行うのは
ちょっとうさんくさい。

実際、愛知川町で現在伝承されているといっているびんてまりは、古式にのった方法ではない。
いわば現代風にアレンジされたもので、それはもう伝統とはいえない。
もともと、瓶細工には、手毬以外のバリエーションも非常に多くあり、 手毬以外の瓶細工を伝えられないのに伝承を名乗るのは、ちょっとおこがましいかな。

以下関連記事もどうぞ。
瓶細工 Japanese Antique Bottle Work
瓶細工の修復 Repairing Japanese Antique Bottle Work
草抄流瓶細工展示会 Japanese Bottle Work Exhivision

情報提供、ご意見などは、送信フォームまで

もし、このサイトで紹介しているよう不思議な創作物を見かけたらぜひご一報ください。
採用者には、拙作の粗品になりますが謝礼を差し上げております。
ただし、粗品は、造り置きしたものから適当にチョイスします。
何が届くかはお・た・の・し・み

※電話、FAXによる受け答えは一切行いません。
また、アポなしで訪問されても居ない事が多いので、必ず事前に連絡フォームで確認してください。


※メールの題名には、日本語で、出来るだけ判りやすいものをつけてください。
Spamメールが大変多いので、安直なタイトルだと全く気が付かない場合あります。教えて君は、基本的に却下します。

Contact me(Sorry,Contact Form Only !! Do not phone me.)
Please send me a message about your information or comment , etc.
Please apply the comprehensible title of mail as much as possible.
Because I receives quite a lot of Spam mail.
And pardon me,I can't teach anyone how to make a impossible objects.
This is my policy rule,if you beg me how to,I will ignore you.
Contact Me

リンクはご自由にどうぞー。
If you like,Link free!

 もし本記事がお気に入りましたら、以下をぽちっとしてくださると助かります。
細々とした運営をおこなっています。ご助力のほどをお願いします。
よろしければ、投銭をお願いします。

bitcoin:1BkUhqHZBRn2MqBiqwRwZfWwfJ81ozww6t