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甚五郎と不可能物体 Jingrou and Impossible Object


名工、甚五郎が残したと伝わる文物が全国各地にあるが、
その中にも飛騨高山には、甚五郎が作ったとされる千鳥格子がある。

岐阜県 荘川村指定文化財「千鳥格子御堂」(慶長元和 1596〜1622)
岐阜県高山市荘川町六厩

一般的に、こちらが千鳥格子の元祖ということになっている。
年代的にも一番古いものだと思われる。
作られたのが、これが最古かどうかは釈然としないが、千鳥格子が広く知られるきっかけになった点では、 最古と言えるだろう。
あくまで通説である。刻印や墨書、文献が残っているわけはない。
ただ、甚五郎のモデルとなった実在の人物の時代や生い立ちなどから、ここに有ってもおかしくはない 程度の確証しかない。
さて、甚五郎という場合に、左を敢えてつけないケースもある。
だから、この記事では、敢えて「左甚五郎」と「左」をつけない「甚五郎」として記述します。
ここで甚五郎といった場合に、この時代の名工の代名詞として理解していただきたい。

私の記憶が確かなら、修学旅行で行った知恩院の忘れ傘は、「甚五郎の忘れ傘」と習った思えがある。
敢えて、右も左も名乗らないのは、あまたの匠達の代名詞として、甚五郎といっているにすぎない。
火除けの呪いとも、大工の遊び心とも言われている。
火除けや厄除けの呪いとしては、猿(去る)、龍、鯉などの水に関連するものなどが、やはり甚五郎の作として 伝わることが多い。
また、敢えて未完成にすることを楽しんだとも言われる。

飛騨の匠には、甚五郎もいれば、甚平もいて、職能集団としてはありきたりの名前だったろう。
実際、飛騨の甚平として伝わる例もある。
甚という名前も、職能集団としては、一般的な名づけ方で、それに連番として五郎が付いただけだろう。
5人以上の弟子を採ることは当たりだろうから、五郎と呼ばれた職人も数限りなくいたろう。
加えて、岐阜の方言では、人のことを(じん)とよぶ。
「あのじん」といえば、「あいつ」のことで、職人同士が御互いに「じんじん」いっていれば、
知らない地方の人は、それを名前の一部だと思ったかもしれない。
だから、この左甚五郎という呼び名も、飛騨の甚五郎が訛ったものという説も信憑性がある。
飛騨の人=(飛騨のじん)と呼ぶのが、しごく妥当な表現だ。
これは、全国に出かけて建築に携わった飛騨の匠らが、自然とそのように呼ばれるようになったということだ。
特定の個人とか一族を指す名称ということではない。

また、甚五郎は、実在の人物であり、その末裔や系統と称する方が複数おられる。
実在の人物だとすると、室町から江戸の初期にかけての名工で、歴史上の人物などと絡んだような伝説が
多く残っていて、それを裏付けるような文物があったりする。
しかし、一代限りの同一人物というわけでもなく、名を襲名したりしている。
本来職人というのは、名だけを語るのは間違いで、遺した物がその人物を語るのである。
もし、名を語るのであれば、それに相応しい物を遺さねば嘘となるのだ。

日本建築史大家の伊藤ていじ氏の「日本の工匠」によれば、
少なくとも伏見、讃岐、紀州系、和泉系などの4系統の甚五郎が確認でき、
それらに加え、地方で名工と呼ばれた人やその作品が、自然と甚五郎を名乗るか
勝手に名付けられた例をいれたら、それこそ無数に存在する。
特定の人物とか家系を指すよりも、この時代の名工の一般名称として甚五郎を定義した方が理解しやすかろう。

実在の人物としても、所説あって、どれもこれも個人的な因縁と郷土愛が絡んで、
疑問符がつくようなご高説ばかりで、素人目に見ても泥試合に見て取れる。
個人的に伊藤ていじ氏の論が、いちばん正当性があるように感じる。
伊藤ていじ氏も、一応岐阜出身であるが、郷土愛に偏ることのない論を展開していると思える。
先の4系統以外にも、飛騨の匠を始めとする飛騨系を入れると、果敢な論争があり、
もし、その顛末を知りたければ「飛騨春秋」のバックナンバーでも読めばよかろう。
それを追えば、全く辟易すること受け合いだ。

さて、甚五郎の作としてもっとも有名なもので、眠り猫がある。
この場合の甚五郎は、徳川家との縁が深いと思われるが、これには、江戸幕府作事方の大棟梁甲良家に
由来する讃岐系の左甚五郎が関わっている思われる。
この左甚五郎は、出世して甲良家の養子になっている。
この甲良家といえば、江戸城の建築にも携わり、「御作事仕口之図」などの高良家文書を残している。
当然、日光東照宮の造営にも携わっただろう。
もっとも古い「匠家仕口雛形 甲良若狭棟利 享保3/1728」にも、四方蟻の存在が見て取れる。
現在残されてるものは、写本であるので、もととなった資料は、さらに時代を遡るだろう。
四方蟻そのものを左甚五郎が考案したかどうかは定かではないが、
高良家文書を見る限り、これに縁のある者としてその存在は知っていたろう。

同じく徳川家に縁の城としては、京都の二条城がある。
実は、この二条城の二の丸御殿にも先の飛騨の千鳥格子がふんだんに使われている。
どれも立派な作りのものばかりだ。

もうひとつ、忘れてはならないのは、水組みとよばれる意匠的に凝った逆組接だ。
これの伝統を引き継ぐ國政流は、甚五郎國政を祖とする逆組接の流派だ。
やはり、江戸の初期にまで遡り、この時代の名工の一人だったろう。

ほぼ同じ時期に、甚五郎と呼ばれた名工達が遺した不可能物体が、全国にはまだまだ存在しているかもしれない。


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